神々から「自立する」時
先に、瞑想会・会員さまへの
お知らせです。
オンライン瞑想会を「1年以上」継続された方への
特別動画を撮ったのですが
ここしばらくで急激な変化が起きたため、
お盆休みに撮影をし直すことに致しました。
最も納得がいくような特別動画にしたいため、
8月末までお待ち下さいますよう宜しくお願い致します。
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今日も一段と
大切な内容になりました。
上からは
「今後、神々のサポートをあてにするな。もう頼るな」
というメッセージが来ています。
以前、師が言っていた事は
このことだっのたかと腑に落ちました。
私たちは全員、「神々と同じ資質を頂いているのだから、神々を頼るのではなく、
自分という魂を頼りにし、天意のアイを活用していきなさい」ということなのです。
(癒しも含めてですが)私たちは
「無条件アイの実践がもう自分自身で出来るから、自信をもってやってごらん」という段階に来たのです。
例えば、私たちが自転車に乗る練習をするとき、
いつまでも「補助輪(サポート)」に依存していたら、なかなか乗れるようにはなっていかない。
それと同じことで、いつまでも神々のサポートを意識するのではなく、
たとえ下手くそでもいいから「補助輪なし」で走るとき、
その時こそ、神々のサポートが
「後ろから」入るのです。
真のサポートは
「追い風」として入ります。
神々に頼ることは
「向かい風になるだけだから」と師は言っていました。
いまだに多くの人が
神々からのサポートに関して、完全に誤解なさっているようです。
何をするにも、神々のサポートを「無意識に」当てにしているなら、
それは人間のやることであり、神の子である魂のすることではありません。
これからは、神々に恋焦がれるのではなく、
そろそろ自立して、
「無条件アイの魂」に
「5次元の自分」に恋焦がれて下さい。
5次元の自分に恋焦がれて
そこと一つになりたいと願って下さい。
私たちは
無条件アイの魂ですよね?
このことを本当に理解されておられますか?
腑に落ちておられますか?実感できていますか?
その自分に戻るという
情熱的な覚悟がないと、歓喜の実感は無理です。
下手くそでもいいから
自らの無条件アイと真心を発揮していくなら、
万が一、ズレそうになっても
「修正サポート」がそっと入るのです。
分からないほど
「ひそやか」に入ります。
神はひそやかだから
神秘なのです。
ハッキリ分かるような出しゃばったサポートではなく、
「陰ながら」見守るようなサポートです。
これが【おかげさま】
ということではないでしょうか。
よほどでない限り、もう神々は
私たちに直接には手を出しません。
「こっちだよ~」とかも言いません。
アイの実践に関しては、あっちもこっちもナイからです。
そして、私たちが「転ぶ必要」があるのなら、
神々は転ばせておきます。
自らのアイで
立ち上がることを知っているからです。
だから、もう、今後は
神々には頼らないつもりで自立しましょう。
頼るという意味で(サポート欲しさに)
神界や天につながろうとすると、変な領域につながります。
神の名をかたる
偽物の領域です。
無意識とはいえど、サポートをおねだりするような心からは、
高次神界にはつながれません。
神々のサポートがなくっても
そして、この世で自分たった一人であったとしても
無条件のアイを
地上界で実践していくことに「情熱的な歓喜」がないなら、真の神界にはつながらない。
そして、自立する覚悟抜きで、
単に「イメージ」をするくらいでは絶対につながれない。
すでに最高の無条件アイとして
産んでもらった私たちだから、
アイを活用し、アイを発揮し、アイを実践するからこそ、
神々からの「追い風」が入るのです。
そして、やがては
神々と「並走する」感覚になっていきます。
神ながらの最高峰です。
これぞ親孝行(神孝行)の状態です。
今まで真摯にアイを学んできた方々は
ようやく神の子としての実力を認められ、親神から「自立する時期」に来たのです。
ここからが
本題です。
(以下の内容は永久保存版)
内側から感情が浮上したり、噴き出すとき、
それはクサイ匂いが立ち昇るようなもの。
もし、匂い(感情)だけを溶かしても、
匂いのモトが残っていれば、また匂いはじめます。
クサイ感情のモトになっているのは
いったい何?
感覚や感情のモトになっているのが
単なる「認識」であることを知って下さい。
私たちが、無条件のアイ以外の「認識」を取り込んで、
それを無意識に使っていくと、
クサイ匂いが立ち昇るようになりますが、
これは真の宇宙や神界にはない香りです。
無条件アイではない代表的なものが
「嫌い」という認識です。
アイツが嫌い、病気が嫌い、貧困・欠乏が嫌い、
虫やゴキブリが嫌い、
このように「嫌いの対象」は色々あれども、
対象で自分をごまかさないで下さい。
「嫌い」という認識はどこにあるの?
自らの内側に存在しています!!
イヤな気分になるのは
誰かや何かのせいではなく、
全ては自分の内側に取り込んだ
「嫌い」という認識のせいだったのです。
だから、対象にアイを感じようとしても
なかなか出来なかったのは当然ですよね。
「嫌い」という機械的な認識でしかないものを
内側に取りこんで、それを使うことを許可していると
「嫌いだな~、いやだな~」という
生々しい【感覚】が作られ続けます。
つまり、不自然な匂いが生まれ続け、
時として強烈な悪臭さえ発します。
そうやって嫌いという認識を取り込んで、
「○○が嫌いだ~」という感覚や感情を発生させていくと、
そのことに中毒的に
興奮するようになります。
つまり、「嫌いだ~!」の感覚を発生させるたび、
アドレナリンが出るから、どこか気持ちよくて「快感~」と思ってしまう。
「嫌いだ~!」がどこか爽快に思え、クセになるのです。
それはますます強くなり、カラダには本当に負荷をかけていきます。
「嫌い」という認識だけでなく、
「不信・疑惑」という認識なども元素配列が美しくありません。乱れた配列になっています。
味でいうとマズイ味。香りでいうとクサい匂い。
音でいうと、宇宙的にはノイズ(騒音)になります。
本来の私たちは
天上の音や香りをカラダから放ちたいのですから・・・。
このような乱れた元素配列は
ピラミッドの中に入れると美しい配列に戻りますが
このピラミッドに相当するのが
私たちの中丹田(ハート空間)です。
だから、的を得た「光の呼吸」を瞑想することで
中丹田(ハート空間)を強化してきたわけです。
上からガッツリ言われたのは、
今後は「嫌い」という認識を二度と許可せず、本気で天に返して、
その代わり、本来の「無条件アイ」という
宇宙的な認識だけを許可し、活用していくようにと・・・。
癒しとは、自分自身を
無条件アイの「実践」にまで戻せて初めて「完了」です。
無条件アイの天意を実践することが
「悟り」ということですし、
天意を日常生活で実践し続けることが
「悟り続ける」ことになるのです。
無条件とは、時間や年月にも
条件がつかないという意味。限界がないという意味。
栄えることにも、健やかになることにも
限界がない。常若ですから、老後という認識もナイのです。
「ますます健やかで、ますますよくなろう、ますます全てをよくしていこう」
この弥栄の天意を、
このカラダを通じて実践することが
無条件アイの実践なのです。
もし、日常生活での現実が
発展的な方向へと変わっていかないようなら、
無条件アイが
実践されていないということです。
そういう場合、嫌いという認識だけでなく
もしかしたら「有限」という認識も取り込んでいませんか?
私たちの原初の傷は、
「有限」という認識を取り込んだことから始まりました。
神世の世界でさえ(今までの高天原でさえ)
「有限」という認識が取り込まれたほどです。
クニトコタチ神や、数少ない神々だけが
「無条件=無限」の天意を実践していましたけれど・・・。
皆様も、「嫌い」という認識、
「有限」という認識を放置しておく限り、
自分の全身全霊がエネルギーダウンし、
生命力はガタ落ちになります。健やかではいられなくなる。
アイの巡りが起きなくなり、ゆとりがなくなり、
生命力が下がり、ますますアドレナリン全開で「無茶がんばり」をするしかなくなります。
次回の更新予定は
8月5日(金)です。オンライン瞑想会の日です。
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