ナフス
ナフスとは個人的な自我のことですが、
自我は他者だけでなく自分自身との「不調和」を起こします。
そして、生命のあらゆる様相において
手に負えないところを見せてきます。
自我は
動物にもあります。
一説によると、強く堂々としたライオンは、
他の動物の支配者であるにもかかわらず、その生命を絶えず不安にさせる自我の情熱の奴隷になっています。
山羊や羊のような
草食動物のナフスは比較的おとなしく、
鳥のナフスはもっと優しくなり、
昆虫のナフスはさらに小さくなります。
ナフスの力は「進化の段階」ごとに大きくなり、
人間の段階で最高潮に達するのです。
人間のナフスは、どなた様に限らず、
もうMAXまで肥大化したのです。
このナフスを「中立ゼロ」「無」にして、
自分の内面に平静や平安を、さらに他者との弥栄調和を生じさせない限り、
ナフスは一生涯にわたって
不調和を生み続けます。
100%の神魂として覚醒しきっていない人だらけの
現世を観察していると、
この世は、戦ったり殺し合ったり、
お互いを食い物にしあう野獣であふれた森のように見える時があります。
もし、肉体を通じて相手を殺していなくても、
あなたの内面の「幽体」で誰かに殺意をもっているなら、全く同じことです。
内面の進化に従って、
調和の実現は簡単になっていきますが、
私たちの内面には
大まかに4つの異なる段階があります。
神、人間、動物、悪魔の段階です。
神としての自覚に至った人は
神界をこの世に実現していこうと努め、
人間的な感情にどっぷりの人々は
世間一般の幸せや理想を得ようとし、
動物的な傾向のある人は
快楽だけに夢中になり、アドレナリン中毒のまま生き、
悪魔的な人間は災いを作り出すのに忙しく、
自他ともに地獄へ引き入れます。
アドレナリン中毒のような
動物的なナフスを強め続けるならば、いずれは悪魔の段階に至ります。
昨日、映画「ジョーカー」を観たのですが、
主人公がまさに「その段階」を生きているのが分かりました。
彼が「善悪など、主観でしかない」
と言うシーンがあるのですが、
ここで多くの方が
「二の句が告げられない」だろうと感じました。
主人公なりの「善悪の言い分」には、
やはり納得できてしまうからです。
だからといって、それぞれの相反する個々人の言い分を
お互いに「理性で」認め合うだけでは、
実は
調和していることにはならないのです。
エネルギー的には和合・融合していないので
何も解決しません。
じゃあ、どうするの?
それは・・・
誰もが「自分の言い分」を全て手放して、
自己主張を無にして、
善悪を超えて
天の意に添っていくことでしか、大調和は生まれません。
ですから、ジョーカーの彼に対して
私ができることは、
善悪を超えた祝福を
贈ることのみでした。
その祝福の心ですが、
ジョーカーよりも進化しているという「上から目線」ではなく、
彼が「いつかどこかの私自身」だと
ちゃんと知っているからです。
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