よみがえり(小説紀行)

| すぴりちゅあるブログ

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先日のリトリートの帰り、新幹線の雑誌「ひととき」の中に、素敵な文章を目にしました。
北坂昌人氏による短編小説です。

 

スピリチュアルな内容でしたし、
気楽に読めると感じましたので、引用させて頂きます。

 

ほぼブログと同じくらいの長さになりました。
箸休めになさって下さい。

………………………….


「私、生まれ変わりたいの!人生をリセットしたいの!」

 

給湯室で、奈穂美がそう言った時、
私は「ああ、また始まった・・・」とあきれ顔で彼女を見た。

 

「ねえ、志乃ちゃん、一緒に行ってくれないかな、熊野古道。よみがえりの聖地なんだって」


彼女とは同じ営業部。

同期入社なので、なんとなくいつも一緒にいるけれど、正直、それほど親しいわけではない。

 

何事も大袈裟に騒ぐ彼女に、
ついていけないことのほうが多かった。

 

「行こうよ、ね?世界遺産だし」

 

ただ、「リセット」という言葉に
心動かされている自分がいた。

 

30代も後半にさしかかり、
まさかこの歳まで独身でいるとは想像していなかったが、先月、7年付き合った彼と別れた。

 

いまだに部屋に残された彼の痕跡に悩まされている。

 

「熊野本宮大社から、古道を行くと、
湯の峰温泉にたどり着くんだって。日本最古の温泉なんだってさ。

 

発見されたの、およそ1800年前なんだよ。
ね、すごくない?

 

そこにさ『つぼ湯』っていうのがあって、
世界遺産なんだって。やばくない?

 

その温泉につかれば、きっとよみがえるよ。
だってさ、小栗判官も、地獄からよみがえったらしいよ。小栗判官って何者か、知らないけど」

 

饒舌な奈穂美。
さっき見たばかりのネットの知識を語っている。

 

でも、何だか行ってもいいかなと
思っている自分がいた。

 

熊野古道をなめてはいけない。
比較的楽なコースを選択したのに、上り下りは激しく、

 

3時間ほど歩くと、膝が痛んだ。
いかに日頃、運動していないかが分かった。

 

久しぶりに嗅ぐ、深い緑の香り。
汗ばんだ体に薫風が心地よかった。

 

時々、森のどこかでカラスの鳴き声がする。
神武天皇を導いた八咫烏(やたがらす)だったりして・・・と密かに想像してみる。

 

湯の峰温泉に到着すると、
すかさず『つぼ湯』の番号札をとる。


順番はまだ先だ。

近くの宿でほっこりしていると、奈穂美は疲れて眠ってしまった。

 

私たちの番が来ても、起きそうにない。
声をかけると「一人で行ってきて・・・」とかろうじて答えた。

 

熊野詣での人々が旅の疲れを癒し、
身を清めた天然の岩風呂。

 

『つぼ湯』は、
板で囲まれただけの質素な温泉場だった。

 

一人で入る。
湯の色は不思議なエメラルドグリーン

 

体を沈めた。意外に深い。
すぐ脇を流れる川の音が聴こえる。速く流れる音。岩にぶつかり、ひたすら下流をめざす。

 

湯につかり、水の音を聴いていたら、
なぜだか笑みがこぼれてきた。

 

心にたまった「おり」(澱)が、
どんどん流されていくような爽快感。

 

気がつくと、
『つぼ湯』の色が藍色(あいいろ)のように見えた。

 

そっか、今、一瞬も、
同じときはないんだ

 

奈穂美を見習って、
声に出してみた。

 

望まなくても、
いつもリセットしてるんだ

 

宿に帰ると
奈穂美が「どうだった?」と聞いてきた。

 

私は、
笑顔でこう答えた。

 

「よみがえったよ。
ありがとうね、奈穂美」

 

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