愛は繊細で、ふところが深い
◆今日の内容は、自我にとっては読みたくないかも(笑)
病気には二種類あって、神化(愛の深化)することへの「自我の抵抗」から起こるものと、神化を本気で意図したことから起こる「好転反応」(みそぎ)との二つです。
好転反応からの不愉快な現状や、病気のような状態は、実は病気ではなく、明らかに不要なものが削ぎ落とされていく過程です。
「せっかく神儀やセッションを受けたのに・・・」と落ち込む方がおられますが、でも、受けたからこそ浮上し、それは完全に消えゆくためです。
逆に、自分だけが愛や利益を欲しがり、「全体への愛の貢献」を意図しない場合、時間を理由に、病気を理由に、金欠を理由に、いつまでも変わらないでいようとする。
自我が快楽を維持したいために、他人からの愛をもらい続けたいために、天からのギフトであるオリジナルな才能と能力を出そうともせず、たいそうな病気を作ってみたり(病気術)、いつまでも貧困を作ってみたり(貧困術)、他者の関心エネルギーと愛エネルギーを引っ張ろうとする(犬術)。
でも、その術を駆使して人間はここまで生き延びてきたから、実に涙ぐましい努力だったと感動すら覚えます。
いかに上手に、いかにバレないように他者を操作して「楽をする」か、そのためには「自分さえごまかす」ことをやってのける。→「楽になりたい」のセリフが出ます!!
ですから、自我は、自分が「術」を駆使していることに自分でも気づきたくない。
でも、愛の深い人には、もう分かってしまう。「なんか変」と分かってしまう。透けて見えてしまう。
私たちの本質は高次の波動である愛ですが、それは最強でありながらも、決して「陽エネルギー」ではないので、ぎょうぎょうしく目立つことがない。決して押し付けがましくない。ニュートラルなものなのです。
だから、愛が深くない「自我」にとっては、愛に満ちた自然界や、愛の状態にある人の「奥」が見えないし、分からない。ご本人の自我は「ふところが浅い」から、「愛の深み」に感謝ができない。
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(閑話休題)
「きゃ~~!かわいい~~!超うける~~!」という表現でお分かりのように、「かわいい」が人の気を引くための、もっとも普遍的な要素ではあります。とくにペット・・・。
ただし、それは普遍ではあっても、そこだけにとどまっていては「精神文化」としては進化しません。スピリチュアルな進化ではないのです。
子猫か子犬のような目をして、甘え上手で、たくみに他者の気を引こうとする「術」や「手口」に、私もずいぶん「目くらまし」をされてきました。
子犬のような目をする段階で、
その人は、赤ちゃんか犬に後退したということだ。
それは過去の生き抜く「術」だ。
その人の自我を増長させないためにも
ダマサれてはダメだ。
それは呪術であるがゆえに、純粋ではなくなっており、
もしかしたら犬や赤ちゃん以下なのだ。
真の愛、真の神意識の人は、
子犬のような目をしていない。
もっと奥が深い。繊細でふところが深い。
真の愛の人は無垢で純粋ではあるが、
子犬とは似て非なるものだ。
赤ちゃんやペットではないのだ。
以前に書きましたが、赤ちゃんの「何も知らない純粋さ」と、沢山の酸いも甘いも経験したうえで、神という愛に近づいた大人の純粋さや素直さとは、全くレベルが違うのです。
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