あっぱれ!(=ハレ)
◆遠隔で「所有結界はずし」を申し込まれた方へ
明日の早朝には、「意識の合わせ方」をアップしておきます。宜しくお願い致します。
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魂レベルにおける「恨み・つらみ」の関係性を、愛の関係性に結び直しする時、無意識のクセですが、罪悪感を伴って謝罪しがち。
「謝る」という言葉を聞くと、つい、罪悪感や自己卑下のエネルギーを連想してしまうクセはないでしょうか?
恨み・つらみは、「お互いさま」なのです。それを忘れて、あなたが罪悪感をもった状態のままで誰かに謝るならば、いつまでたっても加害者・被害者の関係性が続くことになります。
ちょっと変な例えですが、ヤクザさんたちが言うところの「手打ち」みたいなものですから、お互いの罪悪感も、恨みも、全て帳消しにして、手を打つ。これが古い関係性の終焉となります。
罪悪感や卑下感は、不自然な感情です。そこからは「愛の関係性」への結び直しは絶対にできません。
ですから、平等に、ニュートラルに、気持よく、晴々とした思いから謝っていけばいいのです。
清々しく堂々と謝って、その後、「(晴れ晴れと)共に栄えてまいりましょう!」なのです。
真面目(まじめ)という言葉も、本当は「清々しく、あっぱれ」という意味です。
真面目とは、真の「つらがまえ」と真の「目」であり、真とは神の波動のことですから、清々しくハレバレとした波動(=気)での顔つきや目線を真面目(まじめ)と言うのです。
天意、神、光、愛、それらは決して深刻ではなく、清々しくハレバレとした純粋な気なのです。
西洋の(特に教会の)神のイメージは、原罪をしょって十字架に吊るされたイエスで、彼の表情は「悲哀」に満ちています。(イエスの真実は全く違いますが・・・)
私たちも、西洋人であった過去世がありますから、あの「原罪」&「悲哀」のイメージは、強く心に刻まれているはずです。
人々が罪悪感を持つように、教会の権力者によってコントロールされてきたのです。
ショーン・コネリー主演の「薔薇の名前」をご覧頂くとわかりますが、過去において、教会では「笑い」を禁じたのです。
風通しがよく、清々しく、ハレバレとした「あっぱれ」な状態を禁じたのです。
でも、「日本の聖書」である古事記には「真」が書かれており、神の基本は「ハレ」の状態だと明言されています。
宇宙の万物万我は、もともと「神ながらの欲求」=「天の意」を持ってきております。
ですので、どなた様であれ、神代ながらの清々しさ、「あっぱれ!ああ面白い!ああ嬉しい!ああ喜ばしい!」という状態が基本で、普通で、原点だったのです。
この「ハレ」が愛の基本です。ジメジメした、ねっとりとした、ベタベタしたものは愛などではないのです。
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