「二つ」を「一つ」にするタントラ
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永久保存版です。
内容がぶっ濃いので、必読です。
本日のブログも濃ゆいですから、
お日にちを分けるなどして、ゆったりとどうぞ。
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本文です。
ヨーガ、タントラという
専門用語がありますが、
タントラとは
「アイの巡り」のことだと理解して頂ければと思います。
古くからの受講生の方々には
「本物のタントラ」の重要性を、少しだけお伝えしたことがありますが、
いつかは本格的に本物のタントラ講座を
やりたいと思っているのです。
今現在、相当にズレたタントラ講座が多く、
特に男性講師がリードする講座では、
単なる欲望発散か!?
みたいな講座になっており、ガッカリです。
過去、OSHOから
本物のタントラを習った先生が名古屋におられ、
その先生とのご縁で、
タントラの手ほどきを受けたことが忘れられません。
タントラは、現地参加型ですし、
各自の「相当な傷」をあぶり出す講座でもあるので、
いつかは開講させて頂くとしても
今は、まだタイミング待ちです。
私も過去に、あらゆるセミナーを受けてきましたが
「二人とは、実は一人だった」ということを
本当に実感できたセミナーは
他にはありませんでした。
今日は、タントラにおける「座学」の部分だけですが
「アイの巡り」がいかに大切かを、お伝えさせて頂きます。
少しだけ、昔のヨーガにも
触れていきます。
タントラとヨーガ、
どちらの内容に関する記述も、
私見ではないことを
前置きとさせて頂きます。
…………………….
先ずヨーガに関してですが、
語源は「Yoke」です。
「二つのもの」を
一緒に「つなぐyoke」という意味なのです。連結です。
でも「二つのもの」がそこにあると認識される限り、
どんなに努力しても、それらは「二つ」のままです。
どんなに一つにしたくても、
「二つのもの」が認識されている限りは、
ずっと反発しあうのです。
闘いは続きます。
つまり、「二つのもの」という視点(見方)がある限りは、
「二つのもの」がずっととどまるのです。
大昔のヨーガの場合は
「一つ」にまとめようとはせず、切り離していく傾向がありました。
そのポーズはダメ、セックスはダメ、肉食はだめ、
美食はだめ、飲酒はだめ、添加物はダメ、というように切り離すのです。
なんといいますか、拒絶して、切り離していくのですが、
もし切り離せないのなら、抑圧します。
抑圧して、抑圧して、
体はこう、背筋を伸ばして、きちっとポーズ、みたいな・・・。
でもそのやり方が向いている人もいらっしゃるから、
ダメとは言えないのですが、どこかヨーガは部分的なのです。
ところがタントラは全体的ですから
「二つのもの」という視点(見方)が全く無いのです。
「二つのもの」に見えるのは、
視点がぼやけて「二重写し」になっているようなものです。ピンボケです。
ですから、「二つのもの」に見えるのは、
単なる「見かけ」に過ぎないと、タントラでは言っています。
ですから、「自分と他者」が本当は
「一つのものだ」と腑落ちした人なら
個人的自分という「見かけ」だけを
見栄えよくしようとするでしょうか?
個人的自分の「繫栄・成功」だけを
見栄えよくしようとするでしょうか?
そんなこと
するはずがないのです!
このような「二つのもの」という視点(見方)を
今すぐやめて、モトモトの「一つ」でいましょうというのがタントラです。
ありがたいことに、ハート空間への受け入れ(受容)を通して、
あなたは全てと融合できます。
全てと「一つになる」ことができ、
その一つに溶け合う「合一点・融合点」だけが
あなたの真の「中心」になります。
唯一の・・・。
その「唯一の中心」が確立され、
あなた自らがそれを認識できたなら
ようやくそこに
「創造の源」「宇宙創造主」が出現するのです!
この深くてスゴイ意味が
分かって頂けますか?
ですから、別の中心を
つくらないことです。
別の中心とは、
エゴに他ならないからです。
神界と現実界が「二つのもの」に見えるなら、
そういう視点(見方)があるのなら、
そこにはギャップがあり、
一つに融合することはできません。
でも、それらが本当は二つではなく、
「二つに見えているだけ」と、あなたが分かったなら?
その時初めてそれらは
「一つに」なりうるのです。これが本当の「つながる」なのです。
あなたと神が
「二つのもの」に見えるなら、
あなたと誰かが
「二つのもの」に見えるなら、
そこには埋めようのない差があり、
ずっと二つのままでしょう。
あなたとお金が
「二つのもの」に見えるなら、
あなたと健康が
「二つのもの」に見えるなら、
あなたと自由自在が
「二つのもの」に見えるなら、
それらが仲良く
「くっつく」ことはありません。
それらとの「ご縁」は
無かったものと思ってください(笑)
もしあなたが、世界を
「高いもの」と「低いもの」とに“分けたまま”であるなら、
その視点(見方)は
エゴのジャッジに過ぎません。これを偏見と言います。
あなたが誰かを
「高いレベルの人」と「低いレベルの人」とに“分けたまま”であるなら、これも偏見です。
実際には、「高いもの」は「低いもの」を含み、
「低いもの」は「高いもの」を含んでいます。
だから、あなたが「低いもの」「低い人」を否定し、非難してしまうと、
あなたの内側の「高いもの」「高い人」も失われてしまうのです。
低いものは「必ず変容する」、
それを知ったうえで、
その低いものが
高いものへと上昇すること、
それを許可し、
その先を見てあげましょう。
そうすると、低いものは高いものになり、
高いものはもっと高いものに変容していけるのです。
ですから、世界を受け入れ、
他者を受け入れ、カラダを受け入れ、
それに内在するあらゆるものを
ハート空間に受け入れていくことが大事だとタントラは言います。
全てをインクルードし、
含めることが大切だと言います。
タントラは「二つ」ではなく、
全体的です。
部分的なアレやコレを全て受け入れていき、
全てをインクルードしていく、
だからこそ豊穣なのであり、
富裕なのです。
タントラは「祝祭性」でもあり、
「人生の瞬間瞬間を、祝祭のように生きよ!」と説きます。
私たちは祝福されて
生かされているのですから、
その授かっている生命エネルギーを、
ジューシーに生きよと説きます。
あなたはアイをもって
食事を用意していますか?
ご飯を食べるときに、一口一口、
本当に、「あぁ、美味しい~」と食べていますか?
美味しいものを
本当にみんなで楽しんで食べていますか?
無意識に、ただお腹を
膨らませるために食べていませんか?
アイをもって仕事をし、
アイをもってお皿を洗っていますか?
アイをもって
お風呂に入ってますか?
タントラとは、
そういうことなのです。
人生の全てがタントラであることが本来であり、
宇宙や天地が喜ぶ生き様です。
以上のように、全ての行為を
アイの瞑想で(アイの意識で)行っていきますので、
タントラは
瞬間瞬間にある「瞑想性」のことでもあるのです。
以上、タントラ(アイの巡り)の
簡単な「座学」でした!
次回の更新予定は
6月27日(火)です。
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