魂との差をなくす

| すぴりちゅあるブログ


菌を嫌っていると、

菌の恩恵を受けられなくなります。

 

 

悪玉菌さえも、地球に必要だから存在しているわけです。
ただし、数が増えすぎる時にバランスを崩すだけです。

 

 

私たちのカラダの中は
色々な菌だらけですが、

 

 

カラダの外側にいる菌を嫌うとき、
それは体内の菌をも拒否することと同じ
ですから、

 

 

内側の菌は数を増やそうとし、
体内バランスが崩れるのです。

 

 

さらに、バクテリアは
埃(ほこり)を片づけてくれる働きがあります。

 

 

私たちのお腹の中も
バクテリアだらけです。

 

 

ですから、地球において
不必要なものはいっさい存在しておらず、

 

 

地球に存在しているだけで
何らかの役に立っているのです。

 

 

細菌、バクテリア、ウイルスを
「悪者」にしないことは非常に大切です。

 

 

ここから本題です。
今日も長文ですので、適当に休みながらお読み下さい。

 

 

(ブログ最後のほうには、
肉体死が恐い人へのメッセージがあります)

 

 

私たちは、自らの氣分感情的な苦痛が癒された段階で、
あるいは、個人的な人生がうまく回り出した段階で、

 

 

すぐにそこにハマってしまいがちです。
そこに満足して、その現状の維持に執着してしまうのです。

 

 

さらなる学び、さらなる向上を
やめてしまいがちです。

 

 

思いやり、真心の「質」を深めていくことをやめたり、
感謝を意識する領域を広げることをやめたり、

 

 

真心を感じる範疇(はんちゅう)を
もっとさらに広げることをやめてしまいがちです。

 

 

あるいは、「やめる!」とは思っていなくても、
天とつながって二人三脚で言動するという「神ながら意識」を忘れがち。

 

 

あらゆる全てを
高次存在にたずねながら生きるという「神ながら意識」が薄れがちです。

 

 

素晴らしい成功をおさめつつ、
「ますます全体のために貢献するぞ!」と思っている方でさえも、

 

 

少しずつ
意識がズレてしまう人が多い
のです。

 

 

ついつい調子にのって浮足立つことになったり
有頂天になったりして、

 

 

「無意識に」ですが、自分のやり方(慣れた動き)で
コトを進めていくのです。

 

 

成功している自分、うまくいっている自分に
酔ってしまうからですが、魂としての覚醒から遠ざかります


「私って、素晴らしいアイよね~」と思っていても
これで
はもう大我に逆戻りになっています。

 

 

そうやって、感情的に救われたり、
現実が成功しつつある状態の時にこそ、

 

 

ほんの少しずつ、ひそかに、ひそかに、
魂のアイの意識の「向上」からズレていくことがあります。

 

 

自己流の生き方(大我)を基準にして
「上」との二人三脚を忘れてしまうのです。

 

 

例えば、世の中に誠を尽くしていると
自分では思い込んでいても、

 

 

創造主や神々に感謝や敬意を
自分では感じていると思っていても、

 

 

それが個人的な自分の基準での真心や思いやりであったり、
個人的な自分の基準でのアイだったりする。

 

 

例えば、お部屋の掃除をするにしても、
とりあえず、自分なりに真心をこめてやりました」ではなく、

 

 

神々の基準での
真心でもって

掃除をしているのかどうか?

 

 

イノリも感謝も
神々の基準で行っているのかどうか?

 

 

神々と「同等レベル」「同質」の存在になって、
神々の基準でコトを成しているかどうか?

 

 

神々の基準としてのアイ、最高の真心、
最高の感謝、最高の敬意、それを神わざ神業(しんごう)と申しています。

 

 

人間の基準ではないから、神業は奥が深いのです。
神業は、アイのスケールが非常に大きく、クォリティも高い。

 

 

神々の基準でのアイ(=神業)というものは、
人類に対してだけではなく、

 

 

台風、お天気、季節、
細菌、星々、銀河、季節、時空間、芸術、機械、生命存在など

 

 

全てに対しても行われ、スケールが大きいのです。
その範囲は未来永劫にまで至るのです。

 

 

ですから、神々の基準(神業成就)を
意識してこなかった私たちにとって、

 

 

自らの内なる「天の岩戸」は
開いていないのです。

 

 

たとえ、自分なりにはアイであっても
「自分の基準」で行っているうちは

 

 

神業成就ではないし、
「天の岩戸」は開きません。

 

 

なにをやるにしても、神々と二人三脚になり、
神々の基準に合わせると意図しない限り、「天の岩戸」は開きません。

 

 

私たちの言動が
神々の基準
からはほど遠いにもかかわらず、

 

 

「このアイの感じで充分だよね。もう、私は霊的に充分だよね」
と発展への歩みを止めるなど、もってのほかではないでしょうか?

 

 

個人的に気持ちが少し楽になった段階で、
あるいは、
ようやくのことが分かり始めた段階で、

 

 

自分の向上に関して
ブレーキをかけてしまうのです。

 

 

感情的な苦痛が消えたら、もうそれ以降は
自分だけの考えを使って「自己流」で生きてしまうなら、エゴの延長線上です。

 

 

(あと少しだけ
お付き合い下さい)

 

 

真の自己である(神のマインド)は、
現世を生きている私たちのマインドとは比較にならないほど、スケールが壮大です

 

 

ですから、壮大な魂(真の自己)にドンドン近づきながら、
現世の自分が、魂との「共通項」をできるだけ多くしていき、

 

 

やがては壮大な魂と完全一致することが、
神々の基準に添うことになるのです。

 

 

ご自分で感じて頂きたいのですが、
神界の波動で生きている「真の自己(魂の自己)」と、

 

 

物理的な現世を生きている「局所的な自己」との
「へだたり」は
どれくらいでしょうか?

 

 

スケール的にも、クオリティ的にも、
相当な「差」がありませんか?

 

 

この「差」を「取る」ことが
【さとり】です。それが神人合一ですし、アセンションです。

 

 

現世を生きる自分が
魂の自己にまで完全一致になっている人は、ごくごくわずかですが、

 

 

私が知っている限り
二人の師が(ほとんど)神人合一しています。

 

 

そのことは、私自身が魂としての自覚を
多少なりとも強めることができたおかげで、

 

 

師たちの偉大さが
心底から分かってきたということです。

 

 

師たちの背中を
追いかけても、追いかけても、

 

 

ますます偉大な神業成就へと進んでいかれるのを見るにつけ、
私もさらに楽しくマネをしたくなるのです。

 

 

ましてや、宇宙創造主や高次存在の
神業の偉大さを思うとき、

 

 

私も、可能な限り、そのアイに近づきたいと
思うようになったのです。

 

 

宇宙創造主や神々のアイの「基準」は、
人類の集合意識の基準(価値感)とは完全に異なります。

 

 

常に常に、未来永劫に、いつもいつも、常時、常中、
何に対しても裏表がなく、全面的にムラの無いアイで向き合うのです。

 

 

「現世の自分」を、神々と同じ基準を持った
胸をはれるような自己にシフトさせて下さい。

 

 

それを楽しんで下さい。
もう途中でやめないで下さい。

 

 

それをジャマするのが、人類のエゴで出来た集合意識です。
集合意識は、ものすごい「思い込み」で成り立っています。

 

 

そして、あなたが不安におののくと
集合意識の不安をさらに強めます。

 

 

宇宙全体が何を基準にし、何を意図し、何を考えているのか、
どんな物理世界を創ろうとしているのか、

 

 

それらの真実は、
私たちが人間集合意識に連結していると絶対に分からない。

 

 

個人的な想念にばかりフォーカスしていると
絶対に分かりっこない。

 

 

だから、集合意識から出て下さい。
集合意識からズレて下さい。

 

 

真の自己である魂に
一体化していかないと、何も始まりません。

 

 

現世を生きる私たちが、魂の自己に一体化しようとするからこそ、
魂とのパイプが太くなり、

 

 

魂からのメッセージや、
サポートに気が付けるのです。

 

 

私たちの魂は、今のこの肉体とパートナーを組むずっと以前から
延々と存在していました。

 

 

今後、別のカラダを持とうが持つまいが、
未来永劫に存在し続けます。

 

 

あなたが否定しない限り、
魂としての意識はずっと存在していくのです。

 

 

魂は、壮大な過去の記憶を持ち、
壮大な未来の青写真(ひな型)を、すでにエネルギー的な状態で保有しています。

 

 

次回の更新予定は
9月28日(火)です。

 

 

ここから先は
「肉体の死」が恐い人へのメッセージです。

 

真実を書いていますが、
興味がない方は,スルーして下さい。

 

私が、死に関する情報のなかで
目からウロコ状態になったのは、和尚ラジニーシの言葉でした。

 

 

彼の著書のプロフィール欄に、
自己紹介が書かれてあり、

 

 

それは「一度も生まれず、一度も死ななかった者」
という文言でした。

 

 

私の頭は「???」でした。
一度も生まれず?え?何を言っているの?

 

 

そして、ほどなく真意が分かりました。
それが私の覚醒の第一歩となりました。

 

 

つまり、和尚ラジニーシが言いたかったのは、
私たちは肉体の側ではないという事実。

 

 

物理的な肉体ではないから
肉体としては
「生まれたわけではない」と言いたかったのです。

 

 

物理的に生まれていないのだから
死ぬこともないのです。

 

 

私たちはカタチなき意識であり、
創造の光を使って全てを創っていく神意識(=魂)です。

 

 

物理的に創り出された側(生み出された側)ではないということ。
ここは、どうかご理解下さい。

 

 

カタチがなくて崩壊できないのだから、
せいぜい創造する魂としての意識眠らせることしかできません。

 

 

そして、肉体は崩壊する(死ぬ)ものだという考え方ですが、
これは地上界で取り込んだ概念であり、

 

 

そんな概念は、
宇宙創造主の基準(未来永劫)でもなく、

 

 

高次の神々の基準(未来永劫)
でもなかったのです。

 

 

でも、私たちは自らの本質を忘れ、
地上の概念を握ってしまったため、

 

 

その概念のとおりに
肉体は衰えたり、病気になります。

 

 

ましてや、誰かを「憎む」ような意識になると、
それは、誰かの肉体に対して

 

 

「死ね!」と指示して
プログラミングするのと同じことです。

 

 

そして、その「嫌いだ!死ね」という指示は、
真っ先に自分の肉体に対してプログラミングされます

 

 

そして、肉体だけでなく、
自分という意識さえも死ぬと思っている人や、

 

 

意識の成長(魂の成長)したくないと思っている人も
今回の人生が終われば、永眠に入るでしょう。

 

 

そうすると、もう二度と
創造する意識の魂として目覚めることはありませんし、

 

 

魂のアイを深めて進化していくという、
とても楽しい体験を失うのです。

 

 

繰り返します。
物質として創られたものは必ず壊れますが、

 

 

いったん壊す(=光に還す)のは、
あらためて復活再生させる(進化させる)ためです。

 

 

ですから、末永く肉体と共にいたいのなら
創造する魂の意識であることへの強い自覚と誇りを持ち、

 

 

今の肉体の状態に執着せずに、
ますます肉体を進化させるという意図を持ち、

 

 

この肉体に「死(カタチの崩壊)」と「再生(新しいカタチ)」の営みを
テンポよくもたらしてあげればいいのです。

 

 

「死と再生」による発展進化は
たった今、この瞬間において起こっていくのですから!!!

 

 

今の肉体の死(=結びの崩壊)を嫌うことで、
次なる肉体の再生が起こらなくなります。

 

 

今の肉体の構築状態を
崩壊させるってどういうこと?

 

 

肉体に関する制限的な概念を捨て、
感情ブロックを溶かしておけば、

 

 

肉体の古い構築形態は
スムーズに崩壊できます。そして、スムーズに新しく再生できます。

 

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